癒される〜と、わたしも言うし、癒された〜と言われることもある。
癒える、とは、治るということ。
皮膚にできた傷が治って元の状態になるように、心身が元の状態に戻る、元の自分に戻る。
それだけで、とても気分がよくなる。
なぜならわたしたちは、もともと生きているだけで完全な存在なんだもの。
どうしてそれを忘れてしまうのだろう?
一生懸命、自分に何かをくっつけようとしたり・・
自分以外の何かになろうと必死になったり・・
そうやって疲れてささくれだった心を何かで癒してもらい、自分に戻っては、また探し始める。
これはまるでゲームだ。目隠しをして自分を探すゲーム。
ほんの少し過去、ほんの少し未来にフォーカスして、癒しと探究のゲームをしてきたわたしたちは、新しいドアを開ける。
自分を知ることに命をかけてるのがわたしたちだと気づいたら、次のステージに進むときが訪れる。
わたしはすでに癒されている、わたしを見つけた、つまりわたしはいつでもわたしだ、という感覚とともに。
ゲームの続きはやはりゲームなんだろうけど、「いま」を生きるというステージは未知の世界だ。
よりピュアな存在が先生になりヒントをくれるだろう。
それは自然であり、動物であり、子どもたちだろう。
原始に帰るように見える営みが、実は進化であることに気づくだろう。
テクノロジーより星の動きを、現代医学よりも自然治癒の力を、教育よりも無垢からの学びを、忘れていたものを思い出していく。
いまここに満ち足りることを思い出していく。
既存の枠組みはすでになくなり始めている。
いまにフォーカスする、澄んだ心でことをなす、味わい感じる。
それがわたしたち人間の新たなステージ。
