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言葉を放つ

もし今あなたに、辛いことがあるならば、言葉にしてほしい。

もし今あなたに、望むことがあるならば、言葉にしてほしい。

1人でそっと呟くだけでもいいのです。

紙になぐり書きするだけでもいい。

誰かに一言伝えるだけでも。

回りくどい言い訳や理由をつけなくていいから、どう思われるか、何が正しいかなんていいから、ただ素直にあなた自身を言葉にして放ってみる。

あなたが放った言葉は、あなたに許しを運んできます。

あなたが苦しむことを許し、喜ぶことを許し、すべてを表現することを許します。

その悲しみ、喜び、迷い、希望、を言葉にしたその瞬間に、もうここにそれがあることを許されているいるからです。

だから言葉に乗せてあなたを放ってみて欲しいのです。

 

そして、言葉は発した瞬間に消えてなくなります。

まるで呼吸と同じ。掴んでいることはできません。

わたしたちのどんな思いも感情も本当はそういうもの。

感じるためだけに生まれ消える。

心に握りしめている間はそこに重みを持ってある気がするけれど、言葉にして放つともうそこにはないのです。

本当は自分が何を望み、どんな望まないことを引き留めているのかを感じるだけで、自然と心が軽くなります。

そして、気づくと、言葉にして自分を放つことが楽しくなってきます。

言葉はわたしたちを助けるためにあるのです。

とてもシンプルに、すべてを感じる手段として。

 

 

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心の奥にある言葉を書いて、あなたを感じて、許しと癒しが生まれるグループワークセッション。

自分の生き方、幸せな人生、そんなことが考えてもわからない時、胸の内のモヤモヤをスッキリさせたい時、自分に還る道の途中で迷ったり疲れた時におすすめです。

数枚のワークシートにあらかじめ用意してあるご質問に答えて頂きながら、ご自分の中を見ていきます。

どなたも、思わぬ発見、気づきがあります。書くという最初の小さな一歩ですが、セッションで言葉にした瞬間からご自分の中が変わり始めるのを感じていただけると思います。

場所 バンコク、スクンビットソイ39

定員 各回4名様

お尋ね、ご参加希望の方は、メニューのお問い合わせよりご連絡ください。詳しい場所、申込み詳細を折り返しご連絡いたします。

プライベートセッションをご希望の場合も詳細お問い合わせください。

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いのちの本音

 

いのちの本音、魂の声を聞けば、人生はいつの間にか楽になってくる、ホッとしたり、笑う瞬間が増えてくる。

最近はそんなことを実感しながら、お伝えしながら生きています。

かなりの生きにくさを抱えて生きてきて、今も繊細な感覚は変わりません。

でもね、ふと思ったんです。

過敏、の「過」すぎるという言葉は、どこからきたの?そもそも基準なんてあるの?と。

人と比べれば、どうやら私はとても敏感なのはわかっています。

でも、比べなければ、私はこの感覚が普通。

だからこの私だし、私のできることがあるし、同時に苦手なこと、できないこともある。

辛くなるのは、深刻になって他の誰かみたいにできない自分を自分が責める時だけなんだなぁと。

例えば倒れて死ぬほど辛いのに、そんな私を私が責め、神様を責め、逃げ出したいと思い、落ち込んでしまう。

でも、ただ起こることは起こる。起こる時に最善のタイミングで起こる。

必要ないのちの本音を聴くようになっているだけ。

「私はわたしだ」と教え続けてくれているその声を無視しないように、色んなことが起こる。

そう思うと、もう問題なんてどこにもないんです。

まるで最初からなかったみたいに、笑。

 

ふと今気づいてみれば、私はわたしのことがとっても好きです。

その感覚は、私個人というよりも、いのちそのものに対する愛のような感じ。

私のいのちがあたたかくて愛おしくて、ここにあってくれることが嬉しい。

いのちの本質は生まれたてのホワホワな赤ちゃんみたいな愛そのものなんです。

わたしたちは生まれてからもその本質は何も変わっていないし、みんな愛の存在。

 

魂さんの声を聴くようになって、今はそんなことを感じています。

そして、今までに起こり続けた様々なエキサイティングな体験に、魂さんはいつもウハウハで喜んでいるんだな、そんな風にさえ感じる今日この頃です、笑。

 

 

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魂さんの声、いのちの本音を聞くのは難しくありません。

ただまっすぐに自分に向き合い、感じてみるだけ。

でももし難しい時には、私にもお力になれることがあります。

ワークシートに書きながらいのちの本音を聴いていくワークセッション、しばらくお休みしていたのですが、こちらでまた始めてみようと思っています。

こちらは2〜4人くらいの少人数グループでのセッション形式になるかと思います。

プライベートセッションについては詳細をお問い合わせください。

もしご興味あれば、「お問い合わせ」からメッセージをお願いします。

 

 

 

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私が心で見ている光景

 

私にはビジョンがあります。それは目標や夢というよりも、近い未来に叶っているであろう光景。

 

『窓から一面の海が見える家、床や天井は木でできている家、今まで揃えたお気に入りの家具のある暖かい家に住んでいる。

私は刻々と移り変わる美しい海と空を見ながら言葉を書いたり、出かけて行ってお話ししたり、言葉をお伝えする仕事をしている。

子ども達は自由に過ごしていて、私は仕事の合間にそんな様子に癒される。

夫は忙しくもいきいきと世界を飛び回りながら好きな仕事をしている。

時折訪ねて来てくれる大切な人たちと食卓を囲んだり、美味しいお茶を飲みながら、たわいもない話から、いのちや生きることや愛に想いを巡らせる優しい時間を過ごす。

時間ができるといつでも温泉へ、笑。

同じようにいのちいっぱいに生きている仲間がいて、その繋がりは世界まで広がっている。

同じ場所で働いてくれる仲間もいる。

分野を問わず楽しさや癒しやトキメキが広がるコラボレーションが生まれていく。

みんなが生まれてきたこと、生きていることに喜びを感じるようなそんな場所。

そこがシャンティハウスであり、私が一生を過ごしていく世界。』

 

不思議なことに、このイメージはもう数年来何度も何度も見ていたせいか、私の中ではもうすでに叶っていて、とても自然な光景なのです、笑。

どうカタチになっていくのかはわからないけれど、私はそんな光景を心で見ています。

 

こうして書いているだけで、満たされて私は幸せ気分です、笑。

仲間のみなさま、いつかあなたともお会いできるのを楽しみに♪

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魂さんの乗り物

 

 

言葉を綴る時、今の私が必要としていること、書きたい言葉しか書けません。

言葉がカタチになっていかない時も時々あります。

そんな時は、大抵頭の中がうるさくて、もっと奥の心の声が聞こえて来ていません。

無意識のうちに、その声を聞きたくなくて、蓋をしていることもあります。

それをやっていると、私の場合、身体でサインが現れます。

昨日、自律神経の発作が出て突然低血圧になりまた倒れたんです。。苦笑。バンコクに来て何度目だろうか。。

それで、ここのところ言葉が書けない日々が続いていたのを思い出して、日常生活でも心の声を聞けないことが重なっていたかもと。

なんてわかりやすく、しかも相当の強いメッセージを伴って現れることか。。お手柔らかにお願いしたいところです、汗。

 

心の奥にある大切な本質的存在を、魂さんと呼ぶことにします。魂さんを運転手、いのちを乗り物に例えると、、

私の場合はバージョンアップが頻繁に設定された車みたいで、運転している魂さんの要望で機能がどんどん追加されたり変更されることになるのですが、車体自体のメンテに集中しないとたちまち不具合発生です。

命に関わりかねない事故につながる恐れあり、と取り扱い説明書に書かれてそう、苦笑。

でもこれはただのたとえ話ではなくて、きっと、この不具合が不調や病気につながっているのだと感じます。

 

魂の声を聞かないという無意識の抵抗は、バージョンアップして生まれ変わることへの恐れがあったり、新しい一歩の勇気が出ない時。

アクセル踏むタイミングでエンストみたいな感じかな、笑。

何より事故るのは、ブレーキを踏んでるのに暴走する時かもしれません。

え、だって、後ろの車に迷惑だし、先が詰まってそうだけどこっちの道が楽そうだから、迂回したくないし、とか、苦笑。

でも、車を運転しているのは「私」ではなく「魂さん」ですから、乗り物が言うことを聞かないと事故になるのも当然です。

 

ただ、普通の車と違って、いのちの車は魂さんによる自動運転だし、ガソリンとなる愛も自動補給だし、言うことを聞いてれば、私が乗り物になる時に魂さんと交わした約束通り私の行きたいところにスムーズに連れて行ってくれるわけです。

車と運転手、魂目線で言えば、乗り物を選んだのは魂である私だし、車目線で言うと、今のこの私は魂さんに乗ってもらうためにある。

いわばどっちも私であり、どっちが欠けてもこの地球ではどこにも行くことができません。

そして、行き先は人と同じではありません、通りたい道も見たい景色も一人一人違います、他の車とずっと並走なんてしようもんならたちまち事故です、笑。

それに私の車はダンプカーにもスポーツカーにもなれそうにない、笑。

バージョンアップはするけど、他の車にはなれない。

 

見たい景色があるから、行きたいところがあるから、会いたい人がいるから、そこで様々に感じて体験したいから、私たちは生まれて来たのですよね。

しかもこのたった一つ、誰とも同じでない、このいのちで。

魂といのちとの共同作業のこの人生、一番大切にするのが何かをそろそろしっかりと確認する、そんな時期なのかもしれません。

 

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親も楽になっていい!感謝と信頼と共に

 

 

前回の子育ての記事に、本当に沢山のアクセスとシェアをいただいて、感謝とともに、自分でも少し驚いていました。

お母さんやお父さんや、子育て中の方々の中にある葛藤が伝わってくるように思います。

17年ほどの長くはない時間でも、子育てには逃げ出したくなることが沢山あるし、これほど思い通りにならない体験はない、私が心からそう思うから。

 

私は重度の障がいのあった優大を授かり、我が子を教育する術もなくただ見守り支えることしかできない子育てを経験しました。

その後に、優大とは全く違う次男にどう教育すべきかの葛藤を味わいました。

一般的には健常で生まれた次男がスタンダードでしょうけれど、私にとっては言葉を話さない寝たきりの優大との日々が子育ての始まりだったのです。

そして優大を見送り、日々に彼といのちを共にすることができなくなった後に、いのちとは何か、どう生きていけば私は幸せであるのか、、また大きな学びの時間が訪れました。

そんな時、3番目に新しく生まれた命は、そこにあるだけで完全なものだと日々感じさせてくれました。

私が今子育てが楽になり、優しい世界で生きるようなったのは、この3人の大切ないのちとの体験自体がもたらしてくれたものです。

 

赤ちゃんが生まれた時に感じる、ここに命が生まれてくれたことのへ純粋な感謝、深い幸せと充足感そのままで、子どもとずっといたっていいんだ!そんなことを、私もやっと思い出したんです。

 

上下関係でも支配関係でもなく、ただできないことを助け合って、望んでいることを叶えあって、そうやって生きていけばいい。

そして実際には、そう感じて過ごしているお母さんも沢山いると思うんです。

赤ちゃんを授かる時に、よし私が教育してやるぞ!支配して言うことを聞く子どもにするんだ!という本能はきっと母親にはありません、笑。

ただこの大切な我が子に無事に育って欲しい、ただそれだけが願いなんですから。

 

子育てがしんどいと思う時、親だって楽になっていいんです。

子育てに自分の人生を捧げる必要なんてないし、ただここにある愛と共に、子どもと学びあい育っていけばいいだけなんですから。

そう思ったら不思議とますます子ども達が愛おしくなります、笑。

 

私にも、これからまだまだ子ども達との未知の体験が何を運んでくるのか、ワクワクしています。

これからもきっと、子ども達を見ては沢山やきもきし、心配し、時には母として悩み迷い、そんな日々もあるでしょう。

それでも、子どもたちといのちを共にできる間、思う存分に愛し愛されて、お互いの人生への信頼と尊敬を持っていたいなぁと今は思っています。