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愛いっぱいのトークイベント@バンコク

トークイベントが無事に終了し、ホッとして毎日のんびり休息しながら過ごしています。

今日はイベントの様子をご紹介しようと思います。

2017年10月14日(日)サロン・オ・デュ・タンさん主催でのお話会、タイトルは「わたしのいのちを生きる」

お話会の内容はいつも優大の一生から私たちがもらったものをシェアさせていただいています。

生まれつきとても重度の障がいのある彼との日々に、時に苦しく必死で生きながらも、私はいつも愛をもらい続けて来ました。

それをシェアさせてもらうことは今回も心からの喜びでした。

 

「自分で選んだいのちを、ただただまっすぐに生きること。」

「そこに生まれて来る無条件の愛。」

「一人一人のいのちにはそのままでそれぞれの輝きが必ずあること。」

 

夫と二人でデコボココンビ、笑、時に泣きながら、笑いながら、私たちそのままの気持ちを、いつものように台本はあまり関係なく浮かんだことをお伝えしました、笑。

夫婦でのお互いの心の動きやすれ違いもシェアさせてもらいました、ここ結構面白いです、笑。

 

 

そしてそんなメッセージをぎゅっと詰め込んだ詩、「生きて!」の朗読をさせてもらいました。

バンコク在住の音楽家のなおみさんとのコラボは、暖かく包まれるように感じて、聴いてくださる方に向けてまっすぐ愛いっぱいの気持ちでお伝えできました。

後ほど、動画でUPするかもしれませんので、その時はまたご紹介しますね。

 

 

休憩を挟んでワークシートを使ったミニミニセッションに参加していただきました。

質問は、私のプライベートセッションのワークシートからの抜粋でこの二つです。

①あなたが無心になって何かをする瞬間、また満たされているなぁと感じる瞬間、心からホッとする瞬間はどんな時でしょう?

②もしあなたが何をしても誰からも変に思われず必ず許され認められるとしたらどんなことをしたいですか?どんな自分になってみたいですか?

私のセッションでは、最初の方に書いていただく質問ですが、ここからご自分の「ありのまま」そして心の本音が見えて来ます。

みんなでシェアしてもらうワイワイ楽しい時間、書けた人も書けない人も、色々な気づきがあったことと思います。

 

という感じで、小学生のお子さんから、ママさんたち、熟女♡、男性の方々まで、参加してくださった方々とのあったかい時間に、本当に幸せいっぱいの私でした。

お話会をさせてもらえると毎回、優大との絆の結び直しのような思いがするのです。

それは母と子という関係を超えて、これからも私たちが共に歩み続ける同志ということ、生まれる前からして来たそんな約束の再確認のような感じ。。

優大と、主催お手伝いしてくださった皆様、今回参加して下さった方々、今までもこれからも出会えるすべてのいのちと、どこまでも無限につながる暖かい一つのいのちに、心から感謝です。

 

最後にいただいた感想を少しだけご紹介します。この他にも多数感想を寄せてくださった皆様ありがとうございました。

 

生きるということ、命について色々と考えされられました。ありがとうございました!!最後の 詩がとてもとても心に響きました。ありのままの自分で自分の命を輝かしたいと思いました。 (40代女性 )

とても良い企画イベントでした。貴重なお話を聞く事が出来、有意義な時でした。特に詩に語 られる表情や内容はとても素敵でした。ありがとうございました。 (50代男性)

すばらしいお話を今日はありがとうございました。働く自分であり、妻である自分であり、母で ある自分であり・・・中島ご夫妻両者のおっしゃていること、感じていらっしゃることがどちらも 共感できました。タイで単身赴任し働く自分を優先して既に2年以上、今日、改めてただただ 家族と一緒に居ることの幸せを(ワークも含め)気付かせて頂きました。(40代女性)

***

いのちの声を聴いて書いていくと、許しと癒しが生まれる
グループワークセッション

自分の生き方、幸せな人生、そんなことが考えてもわからない時、胸の内のモヤモヤをスッキリさせたい時、自分に還る道の途中で迷ったり疲れた時におすすめです。
数枚のワークシートにあらかじめ用意してあるご質問に答えて頂きながら、ご自分の中を見ていきます。
どなたも、思わぬ発見、気づきがあります。書くという最初の小さな一歩ですが、セッションで言葉にした瞬間からご自分の中が変わり始めるのを感じていただけると思います。

場所 バンコク、スクンビットソイ39
定員 各回4名様

お尋ね、ご参加希望の方は、メニューのお問い合わせよりご連絡ください。詳しい場所、申込み詳細を折り返しご連絡いたします。

プライベートセッションをご希望の場合も詳細お問い合わせください。

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リラックスして生きる

なんでしょう、今日は朝から心がウルウルしていて、身体の中に喜びが溢れている感じです。

今日のブログ、思ったことをつらつら書くので少し長くなります、ごめんなさい〜。

 

昨日は、美容院に行って、いつものプチパニック発作で具合悪くなり、疲れ果てて帰宅しました。

もともと小学生の頃から自律神経失調症で様々な症状を発症し、優大を産むまでは月一の高熱が普通で、学校は休みがちだし、すごく元気!ということはほぼない私、苦笑。

そして、今度は優大を産む前のストレスで結構重いパニック障害の症状が現れてからは彼を見送るまでそれが続きました。
疲れたり緊張すると突然死ぬかもしれないと思って冷や汗が出たり、呼吸困難になったりするやつです。

タイに来るまではそれはもう治ったと思っていたんですが、来てすぐに食事中に倒れてから、また新たな不安発作みたいなのが始まったんです。。

昨日はそんなんで帰宅後、家でぼーっとしながら心と身体を感じていたら、あ、私まだまだ休んでいたかったんだな、と突然気づいて笑っちゃいました。

今までそんなことにも気づけないから、倒れてたんだしね、笑。
できるはずって思い込んでるから、いつもしんどかったんだよね。

私は頭を空っぽにしてインスピレーションで生きている時はとても幸せなんです。
それは書いている時やセッションしている時。
私の内側で繋がってる大きないのちから湧いて来る言葉を聴いて過ごしている時はすごくリラックスしているんです。
よくお伝えしているいのちの本音です。

でもね、日常もいつもそんな状態で生きればいいじゃん!と思ってからしばらく経つのかもしれませんが、それがなかなかできなかった。
生活に根付いてる習慣、習性みたいなものが手強いんだろうなぁと思います。

「ご飯は作らないといけない、子供は守らないといけない、夫は大事にしないといけない、笑、人付き合いは卒なくこなさないといけない、人に迷惑をかけてはいけない、、、だから〜〜しておこう。」

そんな習慣で無意識に、ゴタゴタしないように穏便に進むように動いてしまう。
そしてなぜだかわからないまま、イライラ、モヤモヤ、疲れ、病気、という不調和が生まれて来る。

同じ、ご飯を作ることでも、自分の作りたいときに作りたいものをご機嫌で作るなら、そこにはなんの不調和もないわけです。
私はもともと料理自体は好きだし、おせち料理全部手作りするくらいやりたい時はやるけれど、肝心なのは作りたいという気持ちがあるかどうかと、リラックスして作れる状態があるか、ですね。

私の場合は、やりたいことをやるのはほぼできるようになったので、今は二つ目のリラックスできる状態であるか?のメッセージをもらっているんですね。
自律神経失調症はリラックスできない病でもあるんです。
副交感神経が優位にならないというのはそういうことで。

だから、自分では「これくらいのことなんでできないの?」って自分を責めるけれども、元々の緊張度合い、つまり頑張って辛さを我慢して生きている度合いが人よりも断然高いから、できなくて当たり前なわけですよね。

あ、だから、針が振り切れちゃうのがすぐなんだなぁとしみじみ感じた昨日、笑。

本当に小さい、3歳くらいの頃にね、夜に不安で眠れなくて、でも親を困らせるのが嫌で声を殺して泣いていた記憶が今も鮮明にあります。

私はそんなとこからスタートする人生を選んで生まれて来ました。
だから、今40年もかけて、苦しんだり喜んだり濃密ないのちの経験を積んでやっと、リラックスして生きることを選ぶところまで来れたんだなぁと。

自分らしくも、ありのままも、今ここにくつろいでそのまんまいるってことなんです。そう、リラックスしているってこと。

もういいじゃん、喜びで生きても、リラックスして生きても、そのままで生きても誰も傷つけたりしないよ、ぜんぶ愛なんだもん!って言われている気がします。。泣

やっぱり長くなりましたが、笑、昨日はそんなことを感じて、夜も珍しく充電が切れるみたいにパタッと眠れて、今朝起きたら、とても幸せな気持ちだったんです。

そんなこんなを今全部書きたくなって。最後まで読んでくれてありがとう♡

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最初から愛されている

 

いのちの声を聴くことを心において過ごして来た日々の中で

「わたしは愛されている。」

そんな感覚が心の奥から、そして全身の細胞から、湧き上がってきたときに、なんとも言えない至福感に包まれました。

誰に、というのはないんです。

「最初から愛されている。」ただそんな感覚。

 

昨日のブログにも少し書いたのですが、もともとわかっていたはずのことも、また新しい経験や時間を経ると、それが自分の中の感覚へと統合されていくように感じます。

 

気づきは、頭で理解し、心で受容し、最後はそれと一体になる。

 

「愛されている。」ということが身体の感覚にまで浸透してくると、

愛は自分自身であり、存在するすべてであり、わたしが手放すものは何もない、手に入れるものも何もない、もともと一つだという思いがまた新しく湧いてくるのです。

きっとこれも、次第にわたしの感覚の一部へとなっていくのでしょう。

 

人は信じている通りに生きます。

信じるというのは思考の癖であり、習慣であり、そのままその人の生き方になるからです。

あなたの信じていることはなんですか?

世界は優しいですか?頑張らなくても大丈夫ですか?

それとも、、

 

わたしたちは最初から愛されています。無条件にです。

すべての存在そのものが、愛だから。

涙も怒りも絶望でさえも、愛だから、ここにあります。

だから、起こることは起こるけれど、今ここで安心して選べばいいんですよね、今自分が何をどう感じて生きたいかを。

 

 

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10月14日(土) バンコク・サロンオデュタンさん主催にてトークベントを開催します。

詳細、お申し込みはこちらです。サロンオデュタンfacebook

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いのちの声を聴いて書いていくと、許しと癒しが生まれる
グループワークセッション

自分の生き方、幸せな人生、そんなことが考えてもわからない時、胸の内のモヤモヤをスッキリさせたい時、自分に還る道の途中で迷ったり疲れた時におすすめです。

数枚のワークシートにあらかじめ用意してあるご質問に答えて頂きながら、ご自分の中を見ていきます。

どなたも、思わぬ発見、気づきがあります。書くという最初の小さな一歩ですが、セッションで言葉にした瞬間からご自分の中が変わり始めるのを感じていただけると思います。

場所 バンコク、スクンビットソイ39

定員 各回4名様

お尋ね、ご参加希望の方は、メニューのお問い合わせよりご連絡ください。詳しい場所、申込み詳細を折り返しご連絡いたします。

プライベートセッションをご希望の場合も詳細お問い合わせください。

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shanti house

 

 

先週末は来週のトークイベントで読ませていただく「生きて!」の詩の朗読リハーサルをしに、主催者さんのサロンへ。

(そのことを少しfacebookで呟いています。)

大好きなシャンティハウスのお仕事に、春になり穴ぐらから出て来たクマのような気持ちです、、笑。

 

去年の夏に、鎌倉シャンティハウスの仕事を中断して、夫の駐在についてタイに来たときに、とても悲しい気持ちと同時に、どこかでホッとするような気持ちもあったように思います。

知らず知らずのうちに感じていた少しの窮屈さから、逃げ出したいような気持ちもあったのかもしれません。

自分で軌道に乗せたことに完璧に責任が持てないことや、うまく回せないことが嫌で、だから楽しいはずの活動も時々息苦しくなることもありました。

 

今思えば、人の目を気にしすぎて、自分のあり方がブレてしまう、ただそれだけだったんですが、自分ではどうしていいかわかりませんでした。

だから、一旦リセットしてみよう、そんな気持ちもあったのです。

そしてシャンティハウスを私がこれからどうしていきたいのか、じっくり感じてみたいとも思っていました。

 

実際にシャンティハウスから離れてみると、私がそこでもらったものの大きさに気付かされるばかりでした。

活動中もそれはずっと感じていましたが、なんというか、手放したことで、その恩恵をよりそのままフィルターを通さずに感じることができました。

私が手渡そうとした愛は、大きな喜びになりもとの何倍にもなって私に返って来ていたことがよくわかりました。

そこには私の意図を超えた世界があったのだと感じたんです。

だとすると、何もコントロールしようとする必要はなかったんだなぁと、ようやく自分のありのままを許せたような気がします。

 

そんな風に感じながら過ごしたタイでの日々の中の一番の気づきは、

「わたしがどんな風であろうとも、このわたしのままで生きること、それがいのちの喜びだということ。」

もうとっくに理解していたはずのこのことでしたが、それが身体中に染み渡るために、離れてみる、力を抜くための時間が必要だったのですね。。

 

何かであろうとすることさえ無意味で、もうありのままのいのちに降参するだけ、、という気持ちになっていったことはこの地での大きな贈り物です。

ありのままでありたい、という、ありのままを求めて動こうとする、ゴールのない永遠の輪。

そこから抜けて見ると、最初から私は、今ここのわたし以外にはどこにも行けないということがはっきりと見えたのでした。

 

 

鎌倉シャンティハウス、来てくれたみんながリラックスしてキラキラしながら笑っている、時に泣いたり嘆いたり、自分を感じて、また丸く笑って、、愛がいっぱいある場所。

それは私にとっての天国で、だから私はそんな場所をつくりたかった。

そしてそれを、みんながつくってくれた。

トークイベントを前に、そんなことを振り返り幸せな気持ちでいっぱいの今日の日です。

写真は食卓を囲むひと時。大好きな人たちが笑っています♡

 

 

 

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心の扉の向こう側

 

心の声、いのちの本音を聴くことをお伝えしている私ですが、

それは、私自身が心の奥の正直な気持ちに直面してしまうことがずっと怖かったからなのです。

私は子供の頃から心の奥にこんな声を押し込めてしました。

「誰にも頼ることができない、自分はひとりぼっちだ、私が一人で頑張らなくてはいけない、、でも寂しい、辛い、怖い、休みたい、頼りたい、助けてほしい、、」

でも、もし自分の気持ちを解き放って、もう自分を我慢させられなくなったら周囲の人に迷惑をかけてしまうと思っていました。

だから、そんな自分の気持ちを正直に感じて認めてあげることができなかったんです。

怖い、助けて、と言えば私は自分を一人で守れなくなるから。

頑張って我慢しなくて、お互いが正直にありのままであっても幸せでいられる、と知らなかったから。

 

言えなかった沢山の言葉が心の奥に残っていると、それを誰かが言うのを聞くのが苦しいものです。

癒してあげられてない気持ちが自分の心の扉をノックしてくるから。

だから、自分の家族や子供に、その言葉を言わせないようにしたり、誰かがその言葉を言うとイライラしたり怒ったりしてしまいます。無意識に。

私が息子に対して、無条件に愛してほしいと甘えてくるときに、無性にイラっとするのはそのせいだったわけです。

自分が言いたくて言いたくて、でも閉じ込めていた言葉だったから。

 

例えば、自分の自由を閉じ込めてきた人は、自由にしている人を見たら、いろんな理由をつけて批判します。

自分の「助けて!もうやめたい!」と言う言葉を閉じ込めてきた人は、人が弱音を吐くとイライラします。

 

もしずっと心の扉を閉ざしたままだと、いつの間にか、その無意識の抵抗感、フラストレーションが、人生を難しくし、やがて自分の信念や信条になってくることさえあります。

〜べきだ!と掲げて生きている人は大抵、扉の向こう側に癒しの必要な気持ちがあるかと、、自分の経験からわかります、笑。

本当はただ自分に優しくするだけでいいのに、楽にはならない違う方向へと進んでいってしまうと大変ですから、

どんな人でも、この心の本音を聴くことはとても大切。

そしてそれさえしてあげれば、私たちは自分自身をくつろがせ楽に生きるようになるのですよね。

今の自分に、いえいつでも、必要なことです。

 

 

***

心の扉を開いて中をみてみる、出てきた言葉を聴いてみること。

すごく昔の言葉でもその時の気持ちは身体のどこかに宿っています。

心のセラピー、身体のセラピーを受けるのもいいです。

いつも言うように、一人で心静かに書いてみるのもいいです。

そんな作業をご一緒にさせてもらうのが、私のワークセッションです。

もしご興味あれば、メニューの「お問い合わせ」から詳細をお問い合わせください。